大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和49年(ヨ)1531号 決定

申請人 全愛知金属産業労働組合外一名

申請人らの本件申請をいずれも却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

一、本件申請の趣旨及び理由は別紙(一)仮処分命令申請書記載のとおりである。

本件申請の趣旨は、要するに、被申請人は申請人らの昭和四九年年末一時金等に関する団体交渉要求に対し不当な前提条件を持ち出したり不当に団体交渉を拒否しているので、被申請人が無条件で直ちに団体交渉に応諾すべき旨の命令を求めるというものである。そしてその被保全権利として主張するところはいわゆる団体交渉請求権を指すものと解せられる。

そこで、労働者団体の団体交渉権ないし団体交渉請求権の性質、及び、これに対応するものとしての使用者の団体交渉応諾義務の有無について検討する。

二、まず、憲法二八条は、「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利はこれを保障する」旨規定している。

しかし同条によつて保障される権利の内容は、国家がこのような権利の実現のため国政上積極的な措置を講ずべき責務を負っていることに対応するものであつて、同条により直接労使間に具体的な権利義務が設定されるものではない。要するに、同条の趣旨は、国家がそれらの権利の実現に関与し助力すべき責務を負つていることを宣言するものであり、国家としてはこれに反する使用者の行為の効力を否認し、例えば使用者の団体交渉の拒否が正当でないならばこれを違法と評価し、労働者のために損害賠償請求権を発生せしめるにすぎないものと解するのが相当である。

三、次に労組法七条二号は、使用者がその雇用する労働者の代表より団体交渉を申入れられたときこれを正当な理由なく拒否することを不当労働行為として禁止するとともに、同法二七条、二八条、三二条は右不当労働行為に対する労働委員会の救済手続等について規定しているが、これらの規定も前記憲法二八条に保障する団体交渉権を実効あらしめるため、国家が右の範囲で使用者に国法上一定の義務を課したというにとゞまり、これによつて使用者に直接労働者に対する関係で団体交渉に応ずべき具体的義務を課する趣旨であると解することはできない。

四、もつとも、前記憲法二八条、労組法七条二号、二七条、二八条、三二条について、右は労働委員会の実施する行政手続に照応する公法上の義務を使用者に課したものであると同時に、労働者は右法条により、使用者に対し、具体的事項に関し労働協約の締結を目的とする交渉に、交渉拒絶の正当な理由がない限り、誠意をもつて応ずべき旨の作為を求める私法上の債権、いわゆる具体的団体交渉請求権を規定したものであると解する見解もあるが、右見解による具体的団体交渉請求権といえども労働者が使用者に対し具体的に特定している意思表示を請求しうる権利を意味するのではなく、ただ協約の締結を目的とする協議に応ずることを求めうる権利にすぎず、その給付請求権としての性質をみるときは、これに対する使用者の団体交渉応諾義務として単に団体交渉の場に出席することのみをもつて満足するものでない以上、「誠意をもつて応ずる」とはいかなる程度・内容の団体交渉を行なえば右義務を履行したものといえるのか、その給付内容が極めて不明確・不特定であり、権利としての具体性・特定性を欠き、到底法律上の債務と観念しえない。したがつて右見解をも採用することはできない。

五、以上説示のとおり、労働者が憲法上団体交渉権を保障されているということは、使用者が労働者に対し労働者の申入れた団体交渉に応ずべき法律上の義務を負うことまでを意味するものではないから申請人らが具体的な団体交渉請求権を有することを前提として、被申請人に対して団体交渉応諾の仮処分命令を求める本件申請は、結局被保全権利を欠くものというべきであつて、その余の点につき判断するまでもなくその理由がないことは明らかであるから、これを却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 小沢博 淵上勤 前坂光雄)

別紙(一) 仮処分命令申請書

申請の趣旨

一、被申請人は申請人らと、昭和四九年年末一時金支給等につき無条件で直ちに団体交渉をしなければならない。

二、被申請人は申請人らとの団体交渉を拒否してはならない。

との仮処分命令を求める。

申請の理由

一、申請人組合分会の結成と結成通告

1 被申請人会社(以下、会社という)は、名古屋市中区平和二丁目一一番一三号に登記上の本店を持ち、同中区松原二丁目九番七号に経理、総務事務を行う本社を、同緑区鳴海町母呂後三六に工場を持つて、水道、下水道関係の鋳造品を製造する会社で、従業員約四〇名を擁するものであるところ、同従業員の内二〇名は、申請人組合に各自個人加盟したうえ、昭和四九年一一月一七日、申請人大嶽鋳工所分会(以下、大嶽分会という)を結成し、申請人ら連名の上、同年一一月一九日会社に対して〈1〉組合結成通告書、〈2〉役員通知書、〈3〉要求書及び団体交渉申入書を提出して、大嶽分会の存在を明らかにし、右要求につき団体交渉を申入れた。会社は、代表社員大嶽晴信(以下、社長という)、鳴海工場工場長代理大森寅男(以下、大森工場長代理という)がこれに立会い、組合の結成を認めたうえ、要求書に記された要求事項の回答を、同年一一月二五日に行う旨表明し、同日を第一回団体交渉とすることが申請人組合と会社の間で確認された。

二、第一回団体交渉

前記要求につき、昭和四九年一一月二五日、申請人らと会社との間で第一回団体交渉が持たれた。

その内容と特徴は次の通りであつた。

1 申請人組合側の出席者、員数については、当然のことながら大嶽分会の自主的判断に基づいて決定された。出席者は、大嶽分会の分会長以下計六名と、申請人組合本部の石川昭治副委員長(以下、石川副委員長という)と、同委員・大平敞也(以下、大平委員という)の二名、合せて八名であつた。

会社側からの出席者、員数については、社長、大森工場長代理他三名、計五名であつた。

2 右につき会社は何ら干渉をさしはさむことなく団体交渉に応じ、交渉は順調に進展した。

3 前記要求書記載の要求項目について

〈1〉 労使関係に関する事項、例えば「会社は組合と組合員に対し、干渉、妨害、切崩しなど不法行為を行わぬことを約束する」「組合事務所を工場内に設ける……」「組合用掲示板を食堂のカベに設置する」「組合の会議、集会等に必要な会社施設の使用について、会社はこれを認める」「組合用務のため、分会役員が、連絡、電話応対、来客者応対の為の時間内組合活動は賃金カツトの対象としない……」は合意に至り、

〈2〉 その余の事項、とりわけ昭和四九年度年末一時金(ボーナス)要求については、来る一二月三日に、他の要求項目の回答と合せて会社が回答する旨の確認書が交された。

三、会社の手による不当労働行為――申請人組合と大嶽分会無視、否定の企画とその実行――

こうした申請人らの権利行使に対して、会社は当初前記の如く、合法的にこれに対処して来るやに見えたが、昭和四九年一二月二日以降、下記に述べる通り非合法、不見識極まりない方法により、組合否認の態度と行為をあらわにするに至つた。

1 自称「経営コンサルタント」「労務コンサルタント」申請外、小早川啓一なる男の雇い入れ。

会社は、昭和四九年一二月二日、「労務、経理の一切を担当とするもので今日から雇傭した」として、右小早川啓一なる人物を大嶽分会に紹介し、これを雇傭したことを明らかにした。

2 すでに定められていた第二回団体交渉日の延期。

その場で右小早川なる人物は「明日一二月三日の団体交渉はできない」「労務担当者として、責任をもつて回答しなくてはならないので検討期間が欲しい」などと、大嶽分会分会長・渡辺房夫(以下、渡辺分会長という)と同副分会長・山崎正治(以下、山崎副分会長という)の二名に申し渡し、事態の根本的変化を充分に理解し得なかつた前記二名の分会役員は、いつたんこれに応ずるところとなつた。

3 しかしながら……

しかしながら、右小早川の雇傭と、右第二回団体交渉の延期こそ事態の決定的変化をあらわす徴表であつたのである。

〈1〉 つまり、もともと第一回の団体交渉の場に於て、結成通告の際に会社が約束した年末一時金要求等に対する回答がなされず、これが、来るべき第二回団体交渉に延引されたその「理由」は、社長の弁によれば「専務(社長の実弟)が出張中で今日(第一回団体交渉時)まで相談できなかつた。組合が出来て初めての回答なので専務の意見も聞いて経営陣に混乱のないようにしたい。専務が帰りしだい検討して一二月三日には回答する」という筋合のものであつたところ、

〈2〉 前記のとおり一二月二日に翌三日の第二回団体交渉を延期した「理由」は、前記「理由」と全く矛盾どう着しており、この矛盾はまさしく、小早川なる人物が全く新たに何事かを企画した為に、前約をひるがえしたものにほかならない、と解釈する以外に他に合理的解釈の出来ないものであるからである。

4 そこで分会は……

そこで分会は、討議の結果このことを重視し、同月三日(第二回団体交渉が予定されていた日)会社に対し、「本日中に団体交渉を行うよう」申入れたところ、前記小早川なる人物は「社長は不在である。どこへ行つたか、いつ戻るのかも判らぬ。連絡のとりようがない」などといつて右申入れを拒否した。

5 一時金等に関する団体交渉延引の「理由」の変転について

以上の経過を見ると、会社が申請人等の提出した年末一時金等の要求に対する回答を延引した、その「理由」とするところの言い分が次から次へと変転、変節していることが判る。

すなわち

〈1〉 当初は「専務がいないから……」であり

〈2〉 専務が帰つてくると今度は「小早川が検討し、労務担当者として責任をもつて回答したいから」と変節し、

〈3〉 それでは小早川が責任をもつて団体交渉を行えるのか、と思えば「私には決定権がない。社長がどこかへ行つてしまつて連絡がとれない」と、再び変節し、

相互に矛盾し、到底合理的延引理由とは理解しがたいものがあり、その本質はまさに、あれやこれやの口実を構えた団体交渉拒否、団交サボタージユ以外の何ものでもない、と断言せられるべきものであることが、ここに決定的となつたのである。

6 抗議の時限ストライキ

ここに至つて申請人組合らは、このまゝ団体交渉拒否を続けられる危険性に対処するため、昭和四九年一二月三日、これまでの会社の態度に強く抗議し、合せて「すみやかに誠意をもつて団体交渉を行え」と文書をもつて申入れた。

そして申請人組合らは、翌一二月四日も午前中数回にわたつて団体交渉を求めたが、会社の応諾がなかつた為、その午後から同一六時四五分の定時終了時まで整然と抗議ストを決行した。

7 申請人組合の愛知県地方労働委員会へのあつせん申請と、会社のあつせん拒否。

申請人組合らは、右ストライキによる抗議意志の表明にあわせて、愛知県地方労働委員会(以下、地労委という)に対し、ストライキ中の同日午後、団体交渉即時開催のあつせん申請をしたが、会社には全く誠意なく、地労委当局に対し、あつせん拒否の態度に出るに至つた。

8 そこで……

そこで、申請人組合と大嶽分会は連日会社に対し、団体交渉即時開催方を要求し続けたところ、会社は復々新手を考案して、これが拒否の態度をつらぬこうとして来た。

9 新手の団体交渉拒否

〈1〉 すなわち会社は、同年一二月一一日に至つて大嶽分会に対して、

「人員は会社、組合双方五名以内とし、時間は二時間以内とし、あらかじめ参加者名簿を出せ」などと申し向け、「この条件を組合が承知しなければ団体交渉はしない」「明日(一二月一二日)の昼までに諾否の返事をせよ」との態度をとるに至つた。

〈2〉 この会社の態度は不法極まるもの、というほかない。

すなわち、第一に団体交渉に出席すべき組合側の員数はこれを申請人組合らが自主的に決定すべき組合の自主性の根本に触れるものであることはいうまでもないところ、会社の右員数制限は、これが組合に対する干渉とならざるを得ず、

第二に、大嶽分会の役員実数が六名であり、大嶽分会は産業別単一労働組合に結集するものであるから、当然組合本部からも一、二名の役員が出席することを知りながら、あえてこれを五名に制限するなどは、組合役員構成に対する干渉と断ずべきであり、

第三に、前記労働組合結成通告の時の交渉(一一月一九日)と、前記第一回団体交渉(一一月二五日)では、前記の通り、六名の大嶽分会役員と二名の本部役員計八名の出席の下に開かれ、会社もこれを認めて一定の交渉を行つた実績を、一方的に覆えすものであつて、以上要するに会社は申請人組合らの自主性に干渉することゝ引き換えでなければ、団体交渉を拒否するとして、意図的に大嶽分会破壊への道を開こう、しているものというべきである。

又、団体交渉時間をあらかじめ二時間に制限するなどは、団体交渉の具体的展開に即応して充分交渉する道、をふさぎ、結局のところ、自主的民主的組合との誠意ある団体交渉を真正面から拒否する態度に他ならないのである。

〈3〉 そこで申請人組合らは、右条件は団体交渉拒否以外の何ものでもないことを自覚し、会社に対し「こうした条件を団体交渉開始の前提とすべきでない。会社は直ちに無条件で団体交渉に応ずるべきである」と、これに抗議した。

こうして、年末一時金に関する団体交渉は会社の、あれやこれやの形を変えた不当な口実によつて拒否され続けることゝなつた。

10 差別性の露呈

ところが、一二月一三日に至り、会社が何故に、そして何を目的としてこうした団体交渉拒否を続けて来たかが露呈するに至つた。

すなわち、会社はこの間に同社従業員中、申請人分会員以外の幾名かの者をして、いわゆる第二組合を結成せしめ(全大嶽労働組合と称するもの)、同日この第二組合と年末一時金について妥結に至つたとしてその旨申請人組合らに通知したのである。

まさしく差別扱いである。

申請人組合らには団体交渉拒否で臨み、その間に第二組合を結成させるや、早々にこれと「団体交渉」の上、年末一時金を「妥結」するということを断行したのである。

その上、驚くべきことには、会社側は第二組合と「妥結」に至つたという年末一時金額を、そのまゝ大嶽分会員に対して受領せざれば弁済供託するとしてその受領を一方的に迫るなど、団体交渉拒否の姿勢はおろか、その大嶽分会無視の基本姿勢まで露骨にあらわし、

その反組合意志と法を知らざる恥には、あきれるばかりのものがあると言わなくてはならない。

ここに至つて、会社が企図、実行している本件団体交渉拒否の本質が全面的に露呈されるところとなり、その不当労働行為性、不法性が余すところなく証明されるに至つたのである。

察するところ、こうした態度は会社本来の知識と姿勢からではなく、前記労務屋小早川啓一の考案した手口であつて、同人の無暴、無責任極まる行為が申請人らと会社との今後の労使関係にとつて決定的に損害を与えるものと言うべく、早期にこうした誤つた行為を排除する必要が大であり、更にはこのまゝ団体交渉拒否が続くならば、大嶽分会の分会員二〇名が、正当に得るべき本年の年末一時金の支給なくこの年を越すか、大嶽分会の自主性と存在をすてゝ金をもらう卑屈に走るか、二つに一つの道しか無いような事態を直ちに解決するため、緊急に本件仮処分申請に及んだ次第である。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例